戦時中のアメリカの生活って?アメリカ大統領や食事など

 

戦時中の日本の生活は

学ぶ機会がありますが、

 

日本と戦っていた

アメリカの生活は

どのようなものだったのでしょうか。

 

今回は戦時中の

アメリカについて紹介していきます。

 

 

 

戦時中のアメリカ、生活どんな感じだった?

 

例えば第二次世界大戦中の日本は

徴兵されていない市民たちが

 

「欲しがりません、勝つまでは」

という言葉を胸に

日々貧しい生活を送っていました。

 

 

結果として

日本はアメリカから大打撃を受け、

降伏することで終戦を迎え、

 

その後戦争を繰り返さないように

教育の中で

戦争を学ぶ機会が設けられてます

 

 

どんな人でも

多少の戦争の知識があるのは、

その教育ゆえです。

 

 

ですが、

アメリカはどうだったのでしょうか。

 

 

戦時中アメリカ人の食事は、

当時アメリカにいた日本人の手記で

 

「アイスクリームの種類を選べなかった」

戦時中は家庭菜園が推奨されていた」

 

「チョコレートの栄養価について

ポスタービラがあった」などと

書かれています。

 

 

自分はこの事実を知った時

ものすごく驚きました。

 

 

日本は、

食べるものにさえ苦労していたのに対し、

 

戦時中のアメリカ人は

贅沢が出来る程度の生活(暮らし)を

しているように感じました

 

 

もともとアメリカは

第一次世界大戦の時に

 

積極的に戦争に

参加したわけではありません。

 

 

他国の戦時中

当時のアメリカ大統領である

ウッドロウ・ウィルソンは

 

「我々にはまったく関係のない戦争」

とまで言っています。

 

 

アメリカの戦争参入のきっかけは、

ドイツが

アメリカ人120人を乗せた客船を沈め、

 

それがアメリカの感情を

高揚させる結果となったためです。

 

 

このことに加え、

戦時中の沖縄では、

 

アメリカ兵は見つけた日本人を

捕虜とはせず、

 

食事を与えて家に帰した

優しいエピソードがあります。

 

 

アメリカ兵は

自分たちを直接傷つけないかぎり、

 

本当は

相手を思いやる

優しい軍人だったのではないでしょうか。

 

 

余談ですが、

 

戦時中アメリカ

(敵国)で使われている言葉(英語)を

使わないという決まりがあり、

 

ものの呼び方を変えていました。

 

 

日本は

 

アメリカにかなり敵対心を

持っていたのではないかと

感じるエピソードですね。

 

 

また、

戦時中アメリカで流行った音楽

ジャズがあります。

 

 

ジャズは現在でも広く愛されていますが、

 

当時より音楽としての

メイン度合いは下がりました。

 

 

ジャズは戦争から解放され、

自由に音楽を楽しめる時代になっていった

 

最初に

ポピュラー・ミュージックとして

流行り出しました。

 

 

更に、戦時中でも

アニメを見ることが出来たアメリカでは、

 

フェリックスなどの

アニメーションを

楽しむことが出来ていたようです。

 

 

戦時中アメリカの様子について、

なんjなどでも

多く取り上げられているので、

 

気になる場合はチェックしてみてください。

 

 

 

戦時中のアメリカ大統領は?映画など

 

前章で挙げたように、

アメリカは

日本ほど困窮した生活を送ってはいません

 

 

例えば、

アメリカでも

食料の配給はあったようですが、

 

戦時中にも関わらず

肉や砂糖などが

当たり前のように配られていました。

 

 

アメリカで本当に困窮したのは

天然ゴムだけだったので、

 

それ以外は

ものすごく困るような

生活ではなかったのです。

 

 

戦時中

アメリカ日本の格差は

これだけではありません。

 

 

戦時中

アメリカ

映画を作成する余裕があったり、

 

女性服装などは

雑誌から検討して買いに行ったりと、

 

日本では考えられない生活を送っていました。

 

 

ネットにのっている

戦時中アメリカ写真を見てみると、

 

人々は綺麗な服を着て

生活出来ていますし、

 

ディズニー映画

普通に上映したりしています。

 

 

また、

ディズニーキャラクターで知られる

ドナルドダックが、

 

アメリカ戦時中に日本と戦ったり、

 

ヒトラーに皮肉をいうような

プロパガンダなどもあり、

驚きますよね。

 

 

更に、戦時中であるにも関わらず、

タバコを吸う

アメリカがいたとの情報もあり、

 

アメリカ日本の差に

自分は少し怖くなりました。

 

 

タバコを吸う余裕があるアメリカ兵が、

戦時中

空母のB29と呼ばれる爆撃機を落とし、

 

日本に

原爆の被害をもたらせたかと思うと

色々と考えさせられると思います。

 

 

また、

戦時中アメリカ

日系人を強制収容しました。

 

 

これは当時のアメリカ大統領

戦時中

スパイなどを警戒して行った命令で、

 

ハワイなどは日系人の人口が多く、

多くの日系人が収容され、

そのままアメリカの収容所へ送られました。

 

 

その後、終戦とともに開放されますが、

何もしていないのに、

捕まることに戦争の恐ろしさを感じます。

 

 

また、

日米友好の象徴である

ワシントンの桜があります。

 

 

これは1912年に

友好の印に日本が

アメリカの木を送りますが、

 

戦時中も咲いていた、

との情報を見かけます。

 

 

アメリカからしたら、

母国の的である

日本との友好の桜を伐採せずに

 

そのままにした意図はなんでしょうか。

 

 

ですが、硫黄島の戦いでは、

アメリカ

 

戦時中

母国の国旗を建てようとしたことから、

 

日本を

制服しようとしていたと自分は考えます。

 

 

この場合の征服とは、

力関係を明確にし、

日本の文化や風習などを母国に取り入れ、

 

より発展した経済国を目指す、

というものです。

 

 

更に、日本はアメリカに対し

戦時中

特許料を支払っていたとの情報もあります。

 

 

自分たちが思う戦争と、

実際のアメリカでの戦争に格差があり、

 

戦争とはなんだったのか

問いたくなりますね。

 

戦時中の日系アメリカ人と収容所での生活

余談ですが、

 

私の義理家族は日系アメリカ人で、

 

戦時中に

 

テキサスと北カリフォルニアの

強制収容所で過ごしました。

 

またハリウッドで

有名な日系アメリカ人俳優のジョージ・タケイ氏も、

強制収容所で幼少期を

過ごした経験があり、

 

ひどい沼地の場所だったと

話されています。

 

義理家族がいた北カリフォルニアの

収容所も、

冬は過酷な寒さになる場所で、

 

かつての日系アメリカ人

の方々のご苦労のおかげで、

 

今の私たちのアメリカでの

平和な生活があると思うと、

感謝の念に尽きません。

 

戦時中のアメリカの生活について

 

アメリカは、

戦時中にも関わらず

 

贅沢ができない程度の普通の生活を

送っていたように思います。

 

 

もちろん、地域や時期によって

困窮していた時もあると思いますが、

それでも日本との差は歴然です。

 

 

日本とアメリカでは、

 

戦争に対する考えと

重みが少し違うのではないかと

考えさせられました。

 

 

日本は憲法で

戦争をしないと定めています。

 

 

今後その法律が

破られないことを祈るばかりです。

 

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